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熊本ラーメン 桂花

熊本城の後はお昼を食べに熊本ラーメンの『桂花』へ。
一番近い本店に行きましたが、同じぐらいの距離にサクラマチ店もあります。

桂花ラーメンの創業は昭和30年(1955年)。
この本店の場所が創業の地でしょうか。
2010年からは味千ラーメンを展開する企業の支援を受けているようです。
熊本空港に味千×桂花というお店がありましたが、そういうことなんですね。
2023 10 熊本ラーメン 桂花⑤

入口の券売機で食券を買うシステム。
お札は10,000円札まで利用可。
食券機に記載があったので2,000円札も使えるようです。

店内はカウンター席と奥にテーブル席が7、8ぐらいあったと思います。
お客さんは地元客と観光客半々ぐらいで、外国人観光客も1、2組いました。
この画像は帰り際に撮ったので少し空席がありますが、
入店した13時頃は満席で5~6人が並んで待っていました。
2023 10 熊本ラーメン 桂花①


さて、まずは瓶ビール。
午前中はちょっと暑い中たくさん歩いたのでビールが沁みた~。
あと、サービスのお水は、お水じゃなくてプーアル茶でした。
とてもサッパリします。
2023 10 熊本ラーメン 桂花④


メインのラーメンは二人とも桂花拉麺(ケイカラーメン)/780円にしました。
具はチャーシュー、メンマ、味玉、わけぎ、茎ワカメ。
2023 10 熊本ラーメン 桂花②


マー油の香ばしいニンニクの香りがとてもいい。
麺の固さも絶妙でした。
麺は細麺に感じましたが、中太ストレート麺だそうです。
2023 10 熊本ラーメン 桂花③

他に太肉麺(ターローメン)と五香太麺(ウーシャンローメン)も人気っぽかったです。
どちらもお肉がっつりでボリュームがありそうでした。

東京にも6店舗あって新宿に多い感じ。
7月には7店舗目の新橋虎ノ門店がOPEN予定だそう。

ちょっとうちの行動範囲じゃないのが残念…。


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熊本 加藤神社

熊本城の次は隣接する『加藤神社』へ。
お城の敷地内、天守閣の北側にあります。

本丸広場からだと西にある頬当御門を出て行幸坂を北へ行くと近いんですが、
この時は閉鎖中だったので、二の丸駐車場の方を回って1㎞は歩いたと思います。
暑くて遠かった…

ぐるっと遠回りしたので、
お城の西側の地震の被害と復旧作業の様子が見られました。

二の丸駐車場へ向かう途中、法華坂から見た“未申櫓(ひつじさるやぐら)”
西出丸の南西の角にある三角櫓で、
南西を意味する未申の方角にあるのでこの名前が付いているそうです。
この一角には役所機能があったので“奉行丸”とも呼ばれているそう。
2003年(平成15年)に木造で再建。
2023 10 熊本城 未申櫓


これは西大手門土橋を渡ったところにある“元太鼓櫓”
崩れた部分をモルタルやワイヤーネットで養生してありました。
このような応急処置をした石垣をあちこちで見掛けました。
2023 10 熊本城 元太鼓櫓


こちらは元太鼓櫓と逆側の“戌亥櫓(いぬいやぐら)”があった方角。
長い石垣の上には“西出丸長塀”があり、その先に戌亥櫓がありました。
2023 10 熊本城 戌亥櫓


こんな風に崩れている所もあちこちにあって、
完全修復にはまだまだ時間が掛かりそうな感じでした。
2023 10 熊本城 崩落した石垣①

2023 10 熊本城 崩落した石垣②


そんなお城の西側に沿って行った所に『加藤神社』はありました。
2023 10 熊本 加藤神社①


創建は1871年(明治4年)。
最初は本丸と宇土櫓の間に建立され名前も錦山(にしきやま)神社といったそうです。
1874年(明治7年)に熊本鎮台が置かれたため熊本市京町に移転。
1962年(昭和37年)に現在の場所に移転し現在に至るようです。
ご祭神はその名の通り加藤清正です。
2023 10 熊本 加藤神社②


右手前の大きな石の水溜めが“大手水鉢”
清正の重臣・大木邸にあったもので、熊本三大手水鉢の一つだそう。
その奥の緩やかな曲線の石橋は“太鼓橋”で、文禄の役の記念に持ち帰ってきたもの。
2023 10 熊本 加藤神社④


こちらも文禄の役記念“清正公の旗立石”
明治42年に肥前名護屋城跡から移したものだそう。
肥前名護屋城ってどこかと思ったら佐賀の唐津にあるんですね。
朝鮮出兵の際の出城だった所だそうです。
2023 10 熊本 加藤神社③


この大木は熊本城築城の際に本丸の銀杏の樹と共に
清正が手植えしたといわれる銀杏の樹。
清正の築城が1601年~1607年ごろなので400年以上は経っていますね。
もともとの幹は枯れてしまったのか切られて上がありませんが、
周りから新しいい枝がいっぱい出ていました。
2023 10 熊本 加藤神社⑥


こちらは本殿の横にある“白髭神社”
加藤神社の末社で、ご祭神は猿田彦命。
2023 10 熊本 加藤神社⑦


この神社には熊本城の本丸がバッチリ見えるベストスポットがあります。
後ろ姿も素晴らしいですね。
2023 10 熊本 加藤神社⑤


御朱印もいただきてきました。
2023 10 熊本 加藤神社 御朱印


また来た道を戻って桜の馬場・城彩苑で一休み。
ここには飲食店やお土産物店などたくさんのお店があります。
暑かったのでアイスクリームを食べました。
お茶の泉園 “抹茶とほうじ茶のミックスソフトあずき添え”
2023 10 熊本城 桜の馬場・城彩苑②


こんなイベントもやってました。
ぜんぶ食べてみた~い!
※クリックで拡大
2023 10 熊本城 桜の馬場・城彩苑①
「ソフトクリームフェア2024」は今年も開催中のようですよ♪


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熊本城 (その2)

さて、いよいよ熊本城の天守閣へ。

熊本城の天守閣は西南戦争の時に焼失してしまったため、
現在の天守閣は昭和35年に鉄筋コンクリートで再建されたものです。
大天守の外観三重、内部は地上6階地下1階建て。
熊本地震で被害を受けましたが、2021年(令和3年)に完全復旧。
お城のシンボルなので最優先で復旧されたそう。
2023 10 熊本城 本丸と小天守


見学の入口は小天守閣の側からで、
エントランス部分にあたる地階は江戸時代に台所だった場所です。
石垣や井戸は現存すものだそう。
2023 10 熊本城 小天守閣 地階


こちらは“天守閣軸組模型”
1960年(昭和35年)からの天守再建にあたり、その前年に作成された模型。
縮尺は1/10、石垣を除く大きさ30.2m×5.4m×3.0m
復元設計は東京工業大学の藤岡通夫。
鉄筋コンクリート造での復元に役立てられたそうです。
2023 10 熊本城 天守軸組模型


天守上層部分を再現した“御上段模型”
2023 10 熊本城 御上段模型


こちらは全国のお城との比較図です。
この中で行ったことがあるのは松江城と岡山城かな。
※クリックで拡大
2023 10 熊本城 お城の比較


“加藤清正の書状”
加藤清正が出した書状は600点ほどあるそうですが、自筆のものは40点もないそう。
清正の真筆かどうかはクセ字が見分けるコツだそう。
「ん」の左下を円で書いたり、「上」が「シ」に見えるように書くクセがあったようです。
※クリックで拡大
2023 10 熊本城 加藤清正の書状


“宝暦の鯱瓦”
江戸時代のものだそうで、前ひれと後ひれがあった部分に穴が開いています。
尾びれに「宝暦十三未ノ七月」「小山瓦師勧次郎」という銘があるそう。
宝暦13年は1763年、小山は熊本市東区小山にあたるそう。
2023 10 熊本城 宝暦の鯱瓦


こちらは再現された“空中雪隠”という昔のトイレです。
建物の外側の空中に突き出した構造で、実際には1階に3ヶ所あったようです。
用を足す時は入口側を向いていたらしいです。
奥向きだと後ろが無防備ですもんね。
2023 10 熊本城 空中雪隠(トイレ)


こちらは“細川忠利の書状案”
1633年(寛永10年)の3月から5月ごろに熊本で大きな地震が発生。
その際の城内の様子を書き江戸にいる家臣に送ったもので、「(余震でたびたび揺れるので)
危なくて本丸には居られないから、花畑屋敷に住んでいる」などと書かれているよう。
この寛永10年は小田原でも大きな地震があったようです。
※クリックで拡大
2023 10 熊本城 細川忠利の書状


こちらは第9代藩主・細川斉樹所要の鎧。
2023 10 熊本城 鎧


1875年(明治3年)ごろの宇土櫓から見た天守閣の古写真。
※クリックで拡大
2023 10 熊本城 古写真①


上の写真の2年後の1877年(明治5年)、西南戦争で焼けた城下の様子。
焼失した家屋は9000戸に及び、熊本県が調査して補償をしたそうです。
※クリックで拡大
2023 10 熊本城 古写真②


西南戦争の際に謎の出火で焼失した天守閣。
その遺構から出土した品物。
2023 10 熊本城 明治の火災の出土品


天守閣から見た本丸御殿。
2023 10 熊本城 天守から見た本丸御殿


こちらは天守閣から見た小天守閣。
2023 10 熊本城 天守から見た小天守


修復中の宇土櫓。
宇土櫓は築城当時の姿を保っている唯一の建物だそうです。
2023 10 熊本城 宇土櫓(再建中)


天守閣から降りてまた本丸広場へ。

“地図石”というのがあると案内に書いてあったのですが、場所が分からずボランティアガイドのお姉さんに聞いたところ、今は立入禁止になっている場所だけど近くまでは行けるかもしれないということで、交代で来たボランティアガイドのおじさんに案内してもらいました。

“地図石”は数寄屋丸の近くにありました。
石段を少し下がった踊り場の床の石組みで、「切石積み」という特殊な手法だそう。
地図のように見えることから“地図石”と呼ばれていて、
1769年頃の絵図には「御待合入口」と記載されているそうです。
ご覧のように石垣が崩れて危ないので立入禁止になっていました。
また直って通れるようになるといいですね。
2023 10 熊本城 地図石


ボランティアガイドのおじさんがお勧めの角度から撮った天守閣です。
この角度からは石垣の様子がよく分かりますね。
2023 10 熊本城 平左衛門側から見た天守


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熊本城 (その1)

熊本最終日は熊本城へ。
宿泊した東急REIホテルから熊本城見学受付までは約600m、
徒歩で12、3分ほど。

こちらは行きしに見かけた『花畑屋敷跡』
花畑屋敷は江戸時代に藩主が主に生活をしていたお屋敷があった所で
現在は一部が公園として残っているようです。
2023 10 熊本 花畑公園 花畑屋敷跡


お城へ向かう行幸坂の麓、坪井川のほとりにある『加藤清正像』
2023 10 熊本城 加藤清正像


行幸橋を渡って左側にある『熊本城ミュージアムわくわく座』でお城の見学チケットを購入しましたが、行幸坂を登って右側にある見学入口の手前でも購入できるようでした。
行幸坂はもっと上までありますが、この時は修復工事中で立入禁止になっていました。
奥の建物は“南大手櫓門”
2023 10 熊本城 行幸坂 南大手櫓門


南口の入口から先は修復中でも安全に見学できるように
ボードウォーク(特別見学通路)が設置されていました。
2023 10 熊本城 ボードウォーク

熊本城は桃山時代に築かれた平山城で別名は“銀杏城”
築城の名手といわれる加藤清正が改築した難攻不落の名城です。
最初に築城されてから約550年、清正の改築からは約400年。
1874年(明治7年)に廃城。
西南戦争の際に原因不明の出火で大小天守が焼失。
その後、焼け残った建物のいくつかは大正期までに陸軍によって破却。
残った櫓11棟、門1棟、塀1棟は国の重要文化財に指定され、城跡は特別史跡に。
「日本さくら名所100選」にも選ばれています。

入口を入って見学通路の右側にある飯田丸(西竹の丸)があったエリア。
飯田丸は南西の防衛を担った場所で、飯田丸五階櫓(いいだまるごかいやぐら)などが2005年に木造で復元されましたが、熊本地震では大きな被害をうけたそう。
現在、修復のため建物は解体されています。
2023 10 熊本城 飯田丸


こちらは案内板に掲示されていた震災直後の飯田丸五階櫓の様子。
矢印の部分を見ると、小城のような建物をかろうじて残った石垣の一隅で支えています。
この様子は「奇跡の一本石垣」と呼ばれたそう。
2023 10 熊本城 飯田丸被害写真


こちらはお堀の外側から撮った修復中の五階櫓の石垣。
2023 10 熊本城 飯田丸 五階櫓石垣修復中


こちらは下にある竹の丸の石段。
中央の石垣の上にも櫓が建っていたようです。竹の丸五階櫓かな???
この石段の下には外郭から突き出た桝形虎口(出入口)があって、
桝の中は連続してクランクが形成されている “連続外桝形”というものだそう。
攻める方にとっては、とても心折れる虎口だと思います。
この時は立入禁止でしたが、石垣越しに下から見る天守は映えスポットのようです。
また、この画像の左側には“東竹の丸”という櫓群は国定重要文化財がありますが、
この時は見学通路から遠目に見るだけになっていました。
2023 10 熊本城 竹の丸


こちらは“数寄屋丸”
数寄屋丸は見学通路を挟んで飯田丸の反対側にある建物で、
「数寄屋」という名称から茶会などが催されていたのではないかということです。
1989年(平成元年)に復元されましたが、熊本地震で石垣が崩落。
修復はこれからのようですね。
2023 10 熊本城 数寄屋丸


奥に見えるのが“天守”、右手前に少し見えている建物は“本丸御殿”
それぞれ違う時代に建造された“二様の石垣”
奥が加藤清正の時代、手前が細川忠利の時代に増築されたもののようです。
2023 10 熊本城 本丸 本丸御殿 二様の石垣


天守閣のある本丸エリアへは本丸御殿の下をくぐって行きますが、
これが正式な通路で、御殿への入口も地下にあるんだそうです。
本丸御殿が2つの石垣を跨いで建っているので、このような珍しい造りになっているとか。
この画像は本丸側から入口を撮ったもの。
2023 10 熊本城 闇がり御門(闇がり通路)②


地下通路は昼間でも暗いことから “闇り通路(くらがりつうろ)”、
出入口の門は“闇り御門”と呼ばれているそうです。
この時は通れませんでしたが、以前は闇り通路は通れたようです。
2023 10 熊本城 闇がり御門(闇がり通路)①


こちらは別名の由来にもなった“大イチョウ”
加藤清正お手植えの銀杏だといわれていますが、明治10年の火災で焼失。
現在のこの大イチョウは燃えた根元から新芽が出て育ったものだそう。
2023 10 熊本城 大銀杏

つづく…
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熊本 酒湊(さかそう)

熊本最後の晩ごはんはホテルの近くにある『酒湊(さかそう)』へ。
熊本の名産が味わえる居酒屋さんです。
人気店のようだったので事前に予約をして行きました。

お店の前に生簀があって目を引きます。
が、しかし、お店の内も外も撮り忘れていたようで画像はありません。

まずはビール。
泡アート付き。
2023 10 熊本市『酒湊』⑧

2023 10 熊本市『酒湊』② 2023 10 熊本市『酒湊』⑥


有明海苔と水菜のサラダ
2023 10 熊本市『酒湊』①


天草産芝海老のから揚げ
2023 10 熊本市『酒湊』④


天草産の魚をメインにしたお刺身(二人前)
はじめはもっとモクモクしていて雲海みたいでした。
2023 10 熊本市『酒湊』③


焼鳥 おまかせ八点盛り
2023 10 熊本市『酒湊』⑤


辛子れんこん
2023 10 熊本市『酒湊』⑦

地元の食材を使った美味しい料理が楽しめて
和モダンでおしゃれな店内も活気があっていいお店でした。


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