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旧新橋停車場 「駅弁むかし物語」

美術館・博物館
03 /02 2016
旅行記が全然進まないんですが、またまた脱線です。

昨日、ダンナ・ピットがお休みだったので、
これもまたまた鉄道歴史展示室(旧新橋停車場)に行ってきました。

今、開催されている展示は『駅弁むかし物語』
旧新橋停車場 駅弁むかし①
※パンフレットより



駅弁が誕生したのは明治18年の宇都宮駅説が定説になっていて、
今年は駅弁誕生130周年だそうです。
旧新橋停車場 駅弁むかし③
※パンフレットより



昔は鉄道局の許可制で、内容、価格、売り子の人数や服装にまで決まりがあったそうです。
旧新橋停車場 駅弁むかし④
※パンフレットより



やがて握り飯がお弁当に進化して、大正時代になると掛け紙に製造年月日と時刻を押印するようになり、
旧新橋停車場 駅弁むかし⑤



お茶の販売も始まって汽車土瓶や汽車茶瓶が誕生。
旧新橋停車場 駅弁むかし⑦
※パンフレットより



この土瓶を窓から投げ捨てる人が結構いて、投げた土瓶が保線の作業員に当たってケガをすることもあったとか。
「土瓶を投げ捨てないように」という啓発の絵葉書や注意書きの書かれた土瓶も登場したそうです。
旧新橋停車場 駅弁むかし②
※パンフレットより



大正時代にはガラス製の茶瓶が登場するんですが、売る方にも買う方にも不評だったとか。
「形が尿瓶みたいで、お茶が入っているとなんかねぇ…」と。


昭和に入り、戦争が始まると戦時色の強い掛け紙や食糧事情による規制などもあったそうです。

戦後の高度経済成長期には旅ブームに乗り駅弁ブームも到来。
お弁当の容器も凝った造りの物が登場し、お茶も土瓶からポリ容器に移り変わっていきました。
旧新橋停車場 駅弁むかし⑥


汽車土瓶はイベントなどで限定販売されたりしているようですね。

JR東海のリニア・鉄道館のデリカステーションでは容器だけ販売しているようですよ。

あんまり電車に乗ることがなかったせいか、駅弁を買って電車の中で食べた記憶がないんですよね。
東海道新幹線の車内販売で買って食べたような気もするんですが…。

新幹線の食堂車は利用したことはありますけど、
食堂車も懐かしいですね。


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コメント

非公開コメント

No title

蒸気機関車が客車を引っ張っている姿を、
わずかに覚えています。

Re: 片田舎動物病院 院長さん

今回の展示は、まさに蒸気機関車全盛の頃の
お弁当と土瓶がメインだった思います。

駅弁ねぇ・・・

ワンともさん同様、電車に乗る文化がなかったので、駅弁の思い出はありません。上京してから、駅弁特集の番組を見て初めてご当地駅弁の存在を知りました。「ご当地」ごとに頑張ってるようで、年々種類も増えているようですけどね。宮崎の駅弁を以前見ましたが、椎茸とかがおかずで、ちょっと地味・・・ (^_^;)
最初の駅弁だという、おにぎりとたくわんだけのシンプルなのも、それはそれでアリだと思います。美味しいそうですよ、再現の画像見ても。

今でこそ、乗り物の窓からゴミを捨てる行為は、ものすごく悪いことをするような気分になりますが(実際、軽犯罪に当たるんでしょうが)、昭和の昔は、窓からポイ捨てする人が多かったようですね。

Re: Kakaさん

ワンともが子供の頃には、すでに地方も車社会になっていたのでどこへ行くのも車でした。たまに電車に乗っても近場にしか行かないし。ご当地駅弁は一部の有名な物だけは知っていましたが、今やデパートやスーパーでも目玉企画になってますもんね。福島の駅弁も結構地味です(^^;) この間、ラジオで高島(兄)が「駅弁は冷めても美味しくないと」と言っていましたが、それが必須条件ですよね。
今やコンビニで気軽に色んなおにぎりが買えちゃうので、駅弁としてのおにぎりは巨大とかコメが最高級とか何か特色がないとキビシイかもしれませんね。

昔は車の窓からポイ捨てする人も多かったですもんね。当時の汽車ではゴミは座席の下に置くように啓発したので、座席の下を掃除する様子の絵も展示されていましたよ。急に社会が成長すると設備とモラルが付いていかないいい例ですね。

ワンとも

計画好きトラベラー
「ワンとも」です。
旅の相方は「ダンナ・ピット」。
我が家の旅にまつわるアレコレを、乏しい文章力をフル回転して書いています。
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