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ヴェルサイユ宮殿 「戴冠の間」と「戦闘の間」

2018 パリ&バルセロナ
02 /28 2019
「究極ガイドTV」では宮殿はここまでで、
あとは庭園とプチ・トリアノンの紹介に移ります。

王妃の間とオペラハウスは修復中だったからかもしれません。
ワンとも達が行った時もこの2ヶ所は修復中でした。

王の正殿から先のルートは「戴冠の間(サクレの間)」となっていました。

ここには、あの有名な『ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』があります。
ヴェルサイユ宮殿 ナポレオンの戴冠式

作者はジャック=ルイ・ダヴィッド。大きさはタテ6m×ヨコ10mの大作です。
同じ物がルーブル美術館にもありますが、ナポレオンの依頼で描かれたのはルーブル美術館にある方で、こちらは後々アメリカの実業家の依頼で描かれた複製になります。作者は同じルイ・ダヴィッドです。

ルイ・ダヴィッドはナポレオンのお抱えの画家だったので、ナポレオンが失脚するとフランスからの亡命を余儀なくされました。その亡命先のベルギーでこの複製を描いたそうです。
ルーブル版とヴェルサイユ版ではいくつか違いがあるので、比較してみるのも面白いかもしれません。



こちらはナポレオンの肖像画。
「世の辞書に不可能は無い」って感じですね。
ヴェルサイユ宮殿 ナポレオンの肖像画



こちらはオーストリアの皇女でナポレオンの2番目の妻マリー・ルイーズ。
ナポレオンの離婚を知って、「後妻になる人はお気の毒」と言っていたら自分が選ばれてしまった人。
オーストリア皇女なので、ナポレオン失脚の後も実家の庇護を受け天寿を全うしましたが、あまり素行の褒められた人ではない印象です。
ヴェルサイユ宮殿 マリールイーズの肖像画



こちらは「戦闘の間」
長さ120m、幅13メートル、南棟の2階のほとんどを占める広い広い部屋。
約4年掛けて改装されたこの部屋には、フランク王国初代国王クロヴィス1世からナポレオンまでの1400年に及ぶフランスの戦いの歴史が、33枚にわたって描かれています。
ヴェルサイユ宮殿 戦闘の間



この部屋を造らせたのは市民王ルイ・フィリップ。
市民王とはいっても、ルイ13世の弟の家系の後継者。
「戦闘の間」なんていう部屋を造ったのは、フランス植民地帝国に先鞭をつけた勢いからでしょうか。
ヴェルサイユ宮殿 ルイ・フィリップ王

立憲君主制を取ったものの、結局はブルジョア優遇政策がプロレタリアートの不興を買い政権を追われる一因になりました。
なんだか、やっていることが今のフランス政府と似ているような…

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ワンとも

計画好きトラベラー
「ワンとも」です。
旅の相方は「ダンナ・ピット」。
我が家の旅にまつわるアレコレを、乏しい文章力をフル回転して書いています。
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