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福島 二本松城址

2021 仙台・福島・栃木
02 /03 2022
旅行2日目。
仙台を出て福島県の二本松市へ。
距離は約100km、東北道を利用して1時間半ぐらい。

二本松は郡山市の北、福島市の南にある城下町で、
「智恵子抄」に出てくる安達太良山と菊人形が有名です。

二本松城は市街地の北にあった平山城で別名『霞ヶ城』
日本100名城の一つで国の史跡にもなっており、
現在は霞ヶ城公園として整備されています。
2021 12 二本松城址①


上の画像の正面にあるのは『二本松少年隊群像』
会津の白虎隊が有名ですが、二本松にも同じように戊辰戦争を戦った
少年藩士たちがいました。構成年齢は13才~17才。
この像がある場所は藩兵が集合する“千人溜(せんにんため)”といい、
二本松少年隊士62名もここから出陣したそうです。
2021 12 二本松城址②


復元された『箕輪門』
戊辰戦争で焼け落ち、1982年(昭和52年)に再建。
2021 12 二本松城址③


この銅像のモデルは山田脩翁といって、この画像の左側にある広場に
製糸工場を創業して地元に貢献した人物だそう。
現在は二本松菊人形展の会場になっています。
右奥にちょっと見えるのは本坂御殿(姫御殿)。
倉庫みたいになっていましたが、ここも遺構で復元したものようです。
2021 12 二本松城址④

それより、この広場、かつて三ノ丸御殿があった場所なんだとか。
下調べもせずに行ったので、てっきり庭園の跡かと思ってました。
現在、三ノ丸御殿の復元を目指しているそうです。

下からは全く見えない本丸跡。
昔も、外からだと天守以外は見えない造りになっていたそうです。

丘とはいえ本丸跡までちょっとした山登り。

こちらは『二本松藩士自刃の地』の碑。
戊辰戦争で主戦論者だった家老、小城代、郡代の3名が、
責任を取って自刃した場所だそうです。
2021 12 二本松城址⑤


会津領時代に松森館と新城館との連絡通路だった『城内路』
会津領になったのは400年ぐらい前ですが、
もっと前の時代からあった可能性もあるとか。
2021 12 二本松城址⑥


日本の三井の一つ『日陰の井』
あと二つは千葉県印西の「月影の井」、神奈川県鎌倉の「星影の井」
今も水がありました。
2021 12 二本松城址⑧


これはもっとも古い石垣の一つ『本丸下南面大石垣』
城郭石積み技術者集団“穴太衆(あのうしゅう)”の築。
2021 12 二本松城址⑨


こちらは『本丸跡』の石垣です。
平成になってから発掘調査し、穴太衆が手掛けた部分はもちろん、
築城当時から江戸時代の拡張部分まで修築復元したそうです。
2021 12 二本松城址⑩


こちらは本丸の西側にある石垣ですが、調査の結果、この内側に穴太衆が積んだ古い石垣があることが分かったそうです。
江戸時代に本丸を拡張した際、外側から新しい石垣を積んだんだそう。
2021 12 二本松城址⑳


東櫓台から見た天守台。
2021 12 二本松城址⑪


こちらは東櫓台から見た虎口と本丸跡と西櫓台。
2021 12 二本松城址⑫


本丸跡からは二本松市街が見渡せました。
2021 12 二本松城址⑲


左が『智恵子抄』で有名な安達太良山。
右が阿武隈高地。
2021 12 二本松城址⑬ 2021 12 二本松城址⑭


本丸の西側を下った所にある『搦手門(からめてもん)』があった辺りです。
2021 12 二本松城址⑮


こちらは『新城館(しんじょうだて)』
会津の支藩だった頃に城代が詰めいていた西側の城だそう。
今は二本松少年隊顕彰之碑が建っています。
2021 12 二本松城址⑯


こちらは城内に唯一残る江戸時代の建物『洗心亭』
阿武隈川河畔にあった藩主の釣茶屋を明治期に移築したものだそう。
少し高い所にあって登るのがしんどかったので下からパシャリ。
2021 12 二本松城址⑰

城跡だからそんなに時間は掛からないだろうと思ったら、
1時間半ぐらいは歩き回っていました。

ちなみに入場料も駐車場も無料でした。
発掘調査や修築や復元に加えて、東日本大震災の被害の修復もあったし、
ちょっとぐらいお金取ってもいいのにね。

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ワンとも

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