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世界遺産 富岡製糸場

北関東の旅2日目は『富岡製糸場』へ。

宿泊したホスピタルイン獨協医科大学のある栃木県下都賀郡壬生町から
旧富岡製糸場のある群馬県富岡市までは東北自動車と北関東道を利用しました。
距離は約110㎞、時間は1時間半ぐらい。

富岡製糸場のホームページで紹介されている駐車場は3ヶ所あって、
うちはそのうちの市営宮本町駐車場に停めました。
30分100円(最初の30分無料)。
連休中だったので混んでいましたが少し待ってなんとか駐車できました。
製糸場に一番近い上町駐車場はキャパが少なく、富岡駅東駐車場は無料ですが遠いので20分ぐらい歩きます。
2023 08 旧富岡製糸場②


富岡製糸場は1872年(明治5年)に操業した日本初の機械製糸場です。
フランス人技師のポール・ブリュナが企画設計を担当。
2014年に「富岡製糸場と「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界遺産に登録。
見学料は1,000円/大人
チケット売り場は門を入ってすぐ左側にあります。
音声案内はスマホに専用アプリをインストールして利用。
解説員によるガイドツアー(40分)もあります。
200円/大人、中学生以下は100円
2023 08 旧富岡製糸場③


こちらは門を入った正面にある“東置繭所(国宝)”
繭を保管する倉庫です。
骨組みは木、壁は煉瓦で造られた「木骨煉瓦造」で屋根は日本瓦を使用。
煉瓦を積むさいにはモルタルの代わりに漆喰が使われているそう。
現在は総合案内所とショップになっています。
2023 08 旧富岡製糸場④

2023 08 旧富岡製糸場① 2023 08 旧富岡製糸場⑤


東置繭所の通路を抜けた先の小さな建物の中にある“ブリュナエンジン復元機”
動力が電気に代わるまで使用されていた蒸気機関の復元機です。
実物は「博物館明治村」に寄贈展示されているそうす。
展示では実際に動く様子が展示されています。
2023 08 旧富岡製糸場⑦


こちらはもう一つの繭の保管所の“西置繭所(国宝)”
2023 08 旧富岡製糸場⑥

2023 08 旧富岡製糸場⑧ 2023 08 旧富岡製糸場⑨


西置繭所は一部ですが2階のベランダに出る事ができます。
2023 08 旧富岡製糸場⑩


2階のベランダから見た景色です。
画面中央あたりのメモリが打ってある大きな円筒形の設備は水を溜めておく “鉄水溜(重要文化財)”
明治8年(1875年)に製造され昭和62年(1987年)に操業停止するまで使用されたそう。
煙突のある辺りは“蒸気釜所(重要文化財)”
2023 08 旧富岡製糸場⑪


こちらは“社宅群”の中の保存修理が済んだ1棟が公開されています。
建物は大正時代に建てられ長屋で、中は昭和30年代の暮らしぶりを展示。
2023 08 旧富岡製糸場⑭

2023 08 旧富岡製糸場⑫ 2023 08 旧富岡製糸場⑬


そして、製糸工場といえばコレ!という建物“繰糸所(国宝)”
外観はこんな感じです。
右側に写っているのは東置繭所の一部。
2023 08 旧富岡製糸場㉒


両脇に並ぶ繰糸機械は壮観。
現在展示されている機械は昭和40年代に設置された自動繰糸機で、
操業が停止された昭和62年(1987年)の状態で保存されているそう。
2023 08 旧富岡製糸場⑯


日本は世界に先駆けて繰糸機の自動化に成功し、
これと同系のモデルが現在も国内外で稼働しているそうです。
2023 08 旧富岡製糸場⑰


ちなみに機械の端はこんな感じになってます。
2023 08 旧富岡製糸場⑮


こちらは“首長館(重要文化財)”
富岡製糸場の企画設計をしたフランス人技師のブリュナが家族と住んでいた家です。
ブリュナが去った後は役職者や女工の寄宿舎になったり、
多目的ホール的な施設として使われたそう。
左側にちょっとだけ写っている建物も寄宿舎。
2023 08 旧富岡製糸場⑳


こちらも“女工寄宿舎”
昭和15年(1940年)に建てられた木造2階建てです。
窓がサッシのようだったので、リフォームしながら使用していたんでしょうか。
2023 08 旧富岡製糸場⑲


こちらは“診療所”
奥に病室もあるので施設自体はけっこう大きめです。
操業停止まで診療は続けられ、官営時代は診療費や薬代は無料だったそう。
2023 08 旧富岡製糸場㉓


こちらは“女工館(重要文化財)”
明治6年(1873年)築。
技術指導のためにやって来たフランス人の女性技師4人の宿舎だったそう。
2023 08 旧富岡製糸場㉑


こちらは“検査人館”
こちらも明治6年(1873年)築。
創業当時は生糸の検査をするフランス人の男性技師のための宿舎として建てられ、
後に政府役人の宿舎や工場の事務所などに利用されたそう。
正面の門を入ってすぐ左、チケット売り場のすぐ横にある建物です。
2023 08 旧富岡製糸場⑰


こちらは“行啓記念碑”
明治6年(1873年)に明治天皇の皇后と皇太后が行啓されましたが、
その70年後の昭和18年に建てられた記念碑だそう。
碑には皇后の詠んだ和歌が刻まれています。
2023 08 旧富岡製糸場⑱


こちらは富岡製糸場のすぐ側にある『旧韮塚製糸場』
明治9年から明治12年まで操業していた民間の機械製糸場だそうです。
明治前期ごろ、富岡製糸場を模して造られた全国に20ヶ所ある製糸場の一つで、
唯一現存する貴重な建造物だそうです。
中に富岡製糸場の見学チケットが買える券売機があります。
2023 08 旧韮塚製糸場①

2023 08 旧韮塚製糸場② 2023 08 旧韮塚製糸場③

一部修復工事中の施設もありますが、いや~見応えがありました!
2005年まで所有していた片倉工業は、よく保存してくれていたと思います。

しかし、製糸場全体の修復にはまだまだ時間もお金も掛かるようです。
公金チューチューの温床になっているNPOや一般社団法人や子ども家庭庁を廃止したら
修復費用は余裕で出るんじゃないかな♪

世界遺産に登録されたころは年間100万人の入場者だったそうですが、
その後は減少の一途をたどり、コロナ禍もあってまだ回復していないようです。
年間50万人を目標にしているそうなので、行ってあげてくださーい!

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コメント 2

There are no comments yet.
Kaka
2023/12/15 (Fri) 23:22

案内板だけは見たんですけどね…

年明けに草津に行った帰りに富岡製紙工場の看板だけは通りすがりに目にしました。世界遺産ですもんね。世界遺産ではあるんですが、子供の頃に映画館で見た『あゝ野麦峠』の印象が強くて(どこまでが史実かは分かりませんけど)、なんか暗い気持ちになってしまいます。目的のアニメと同時上映だったので、たまたま見ただけの映画でいしたが、子供の私には強烈でした。💦
当時、絹織物は日本の輸出用の主要産業だったこともあり、工場で働く人たちは苦労したんでしょうね。でも、機会があれば行ってみたいとは思います。

ワンとも
ワンとも
2023/12/16 (Sat) 03:23

Re: Kakaさん

『あゝ野麦峠』は、私はテレビで観ましたけど確かに暗い気持ちになりましたね。映画館で観たらよりインパクト強そう。
後々知ったんですが、映画『あゝ野麦峠』は原作の中にあったごく一部の悲話だけを強調した内容で、実際は工場での生活はいい思い出だという人がほとんどだったようなんです。悲劇はウケがいいと思ったかどうかは分かりませんが、日本の製糸業の功績に対して長く悪印象を与えてしまったんじゃないでしょうかね。
もし、富岡に行かれるようでしたら夏はお薦めしません。ホントに暑かった☀️😵💦

2023 栃木・ꓸ群馬