FC2ブログ

『グラバー園』②

2009 長崎
06 /10 2009
思ったより広くて見所のある『グラバー園』。園内をくまなく回っていると時間がないということで、まず旧グラバー邸以外の国指定重要文化財の2住宅を見ることにした。


まずは“旧リンガー住宅”
明治初期に建てられた、英国人フレデリック・リンガーの住宅。三方がベランダのバンガロー形式の建物。ベランダの床石はウラジオストックから運んだ御影石、屋根を支える支柱は天草の石だそう。
旧リンガー住宅①


邸内には日本のオペラ歌手“喜波貞子(きわ ていこ)”の遺品が展示されている。オランダ人とのハーフだそう。彼女は『マダム・バタフライ』でヨーロッパでは有名だったのだとか。
旧リンガー住宅②
『トゥーランドットの髪飾り』



次に“オルト住宅”
緑茶の貿易で富を得た、やはり英国人ウィリアム・オルトが140年前に建てた天草の石を使った住宅。長崎に残る石造りの洋館の中で最も大きいものだそうだ。子孫が昭和15年まで住んでいたのだとか。
旧オルト住宅①


邸内も広くて、展示されている家具や調度品も年代を感じさせる。こういう建物独特の古い匂いも漂っていた。
旧オルト住宅②



続いて“旧スチイル記念学校”
ここは国指定重要文化財ではないのだけど、通りかかったついでに撮ったもの。明治20年に建てられたミッション系の学校だそう。
旧スチイル記念学校



長崎が舞台の『マダム・バタフライ』を通して世界的に有名になったオペラ歌手三浦環の像。『マダム・バタフライ』は世界三大オペラといわれているとか。知らなかった。ちなみにあと二つは『椿姫』と『カルメン』だそう。
三浦環の像



案内板が立っていなければ見逃してしまいそうだけど、これは日本初のアスファルト道路。ちょっと奥に見える石の円柱は、テニスコートを均す時に使ったローラー。昔はこの辺にテニスコートがあったそうだ。
日本初のアスファルト道路


他にも園内には明治の水道供用栓フリーメイソンの・ロッジの門高島流和砲などいろいろと歴史的なものがあるのだけど、残念ながら時間が無いのでパス。次はいよいよ旧グラバー邸へ。

関連記事


ポチッ-☆とよろしくお願いします♪
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
人気ブログランキング





コメント

非公開コメント

4枚目の写真が、

一番長崎っぽい(というか幕末っぽい)ような気がします。幕末と大正ロマンを混同するのはどうかと思いますが、大正ロマンなこの感じ、好きです。
熱海の貫一、お宮の像、北海道のクラーク博士像、蝶々夫人の像の前で同じポーズで記念撮影する人も多いと思いますが、ワンともさんはしませんでした? 私はしましたよ、全て!!(^_^)
今時ハーフの子供なんてそんなに珍しくはありませんが、よく考えれば、鎖国をしていたとはいえ、出島に外国人を迎えるようになってから少しずつ、外国の血は混じってきていたんですよね。後100年もすれば、国籍の違いはあっても人種の区別はなくなるかもしれませんね。 

to:Noraさん

幕末~明治~大正でも建築や衣装などはそれぞれ流行があるみたいですね。ワンともはマンガの『はいからさんが通る』で明治と大正の服装の流行を知りました。特に一気に洋化した幕末と明治では劇的に違うんでしょうね。
銅像と同じポーズは、昔はやってましたけど最近はしませんね。一番最後は“自由の女神”ぐらいでしょうか。あ、眼鏡橋のところで手で眼鏡を作って撮りました(^_^;)
昔、学校で見た劇にシーボルトの娘の話がありましたが、あの時代は外人と関係を持つこと自体タブー視されていましたからハーフとなるとさらに大変だったでしょうね。自分から望んだワケでもないのに唐人お吉も不幸な一生でしたし、戦後もそんな女性や子供が多かったと思います。
>後100年もすれば、国籍の違いはあっても人種の区別はなくなるかもしれませんね。 
そうなると世の中どうなるんでしょうね。アメリカみたいになっちゃうんでしょうか…。

ワンとも

計画好きトラベラー
「ワンとも」です。
旅の相方は「ダンナ・ピット」。
我が家の旅にまつわるアレコレを、乏しい文章力をフル回転して書いています。
応援よろしくおねがいします。