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『石川光陽写真展』

美術館・博物館
06 /05 2011
今日は『石川光陽写真展』を見に
『旧新橋停車場 鉄道歴史展示室』に行ってきました。

ここは汐留にある旧国鉄の跡地、現在は高層ビル群が建っている一角。
学校でも習った日本初の鉄道駅“旧新橋停車場”があった同じ場所に
1897年の開業当時の外観を復元させたもので、内部は展示室になっています。
旧新橋停車場
『復元された旧新橋停車場』



ワンともはこの写真展を見るまで石川光陽という人を知らなかったのですが、
戦前戦後の貴重な情景を記録した警視庁のカメラマンで
特に特命で撮った東京大空襲の33枚の写真は
そのエピソードとともに有名なのだそうです。
旧新橋停車場・石川光陽
『シャッターを切る石川光陽』(パンフレットより引用)
愛機はライカ。
このカメラとヘルメット、腕章も展示されていました。


今回は東京ステーションギャラリーの企画展ということで
鉄道にちなんだ昭和の情景を撮った作品が中心でした。




展示室は撮影禁止だったので、以下の画像はパンフレットからの引用です。
画像をクリックするともう少し大きいサイズが見れます。


旧新橋停車場・東京駅
『東京駅』(確か昭和10年頃)
これは丸の内側でしょうか。
クーポラの部分も今とは違いますし、駅前もずいぶん殺風景ですね。





旧新橋停車場・上野駅構内
『上野駅構内』(昭和10年)
基本的な構造は今と変わらないように思いますけど、
案内板や写っている人の服装に歴史を感じます。





旧新橋停車場・銀座4丁目の柳
『銀座4丁目』(昭和9年7月)
これは銀座4丁目の交差点あたりでしょうかね。
写っている人を見ると着物と洋服が半々ぐらいでしょうか。
明治41年生まれのワンともの祖母も真夏以外は着物でした。





旧新橋停車場・浅草六区
『浅草六区』(昭和11年2月4日)
写っている看板の文字は左から書いてありますが、
他の写真には右からだったり、駅の字が「驛」だったり、
書体などにも時代を感じました。





旧新橋停車場・226事件
『226事件』(昭和11年2月27日)
場所は千代田区霞が関2丁目。
隠し撮りだったそうですが緊迫感が伝わってきます。




小規模の企画展示ですが、写真とともに貴重な品物も展示されていて、
入場無料にしては充実した内容でした。
鉄道ファンでなくても楽しめると思いますよ。

本当は3月31日までだったようですが、
東日本大震災の影響で7月18日まで延長しています。






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コメント

非公開コメント

文化的な休日でしたね。

私も石川光陽という人物は知りません。亡くなってから偉業が知られる人は沢山いますが、一方で大々的には知られない人も多いんでしょうね。上野駅構内の写真、ヨーロッパの主要駅みたいに見えませんか?

うちの母方の祖母も明治生まれで基本は着物でした。言われてみれば、確かに夏はテロテロな生地のスカートとブラウスを着ていたような・・・  因にうちの父も、私が子供だった頃は家では着物を着ていましたよ。スウェットなんかが一般的じゃなかった頃、自宅ではゆかたに毛が生えたような着物を着ていました。懐かしいぃ~

to:Kakaさん

例えば、トップが輝くにはその下に数えきれない有能な人がイッパイいるんですよね。その人達を見出して使いこなせるからトップとして評価されもするんでしょうけど。上野駅は改札がなければ今もヨーロッパの駅のようですよね。近代的な新しい駅もいいですけど、こういった古い意匠も残して欲しいと思います。
祖母と同年代のおばあちゃん達も着物の人が多かったです。あの時代の人は自分で着物を縫いますから、ワンともの浴衣も祖母が作ってくれました。祖父は基本的に洋服でしたけど夏はバカボンパパのスタイルでしたね(笑) 他にも生活用品とか言葉使いとか、明治大正スタイルの人がそこに居たんですよねぇ…しみじみ…。

ワンとも

計画好きトラベラー
「ワンとも」です。
旅の相方は「ダンナ・ピット」。
我が家の旅にまつわるアレコレを、乏しい文章力をフル回転して書いています。
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