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旧新橋停車場鉄道歴史展示室 ~成田へ~ &琥珀ヱビス

美術館・博物館
02 /13 2013
全然進まないバルセロナの旅行記をひとまず置いといて・・・別な内容を。

この3連休はちょっと近場へお出掛けしました。

初日の9日は恒例化しつつある『旧新橋停車場鉄道歴史展示室』へ。
鉄でもないワンとも達が何度もここへ行くのは、見学無料だから!
そして同じ建物に琥珀ヱビス樽生の飲めるビアレストランライオンがあるから!!

というわけで、まず食事をしにそのビアレストランライオン汐留店へ。
そして琥珀ヱビス樽生を注文。
2013 0209 ビアダイニングライオン汐留店①



ダンナ・ピットはランチメニューからカツカレー。
ワンともは通常メニューからビーフシチューを。
ビーフシチューはおつまみサイズなので食事にはちょっと量が少ないんですが、
普段はあまりお昼をガッツリ食べないのでこれぐらいでちょうど良かったです。
2013 0209 ビアダイニングライオン汐留店② 2013 0209 ビアダイニングライオン汐留店③



いい気分で鉄道歴史展示室へ。
今回の展示内容は「成田へ 江戸の旅・近代の旅」でした。

江戸時代、成田山への参詣は庶民の手軽な旅行先だったそうです。
利根川の水運を利用して、ついでに銚子や佐原、東国三社(鹿島神宮、香取神宮、息栖神社)などへ足を延ばしたりしたとか。

成田山といえば歌舞伎の市川団十郎家が信仰したことでも有名ですね。
その影響もあってより参詣が盛んになったそうです。
2013 0209 旧新橋停車場 ~成田へ~
※パンフレットより引用
先日の十二代目市川団十郎の葬儀では、屋号の「成田屋」という掛け声が掛かっていましたが、この屋号も成田山の信仰からきているんですね。


やがて成田鉄道が敷かれ、徒歩の旅が徐々に日帰りの旅になると
成田山周辺の宿屋が苦境に立たされたそうです。

明治期の列車には喫茶室があったようですね。
どんなメニューがあったんでしょう。
絵のおじさんは確実にビール飲んでますよね。
ボーイが栓を抜いているのは追加のビールか?
鉄道の旅にテンションが上がっちゃって、ついつい飲みすぎちゃってるのかも。
2013 0209 旧新橋停車場~成田へ~③
※パンフレットより引用


これは昭和初期ぐらいの成田停車場だったかな・・・。
昭和5年に私鉄の京成電機軌道(京成電鉄)が開業したことで、
国鉄vs京成による競合が始まったそうです。
成田山の初詣客獲得のために国鉄は臨時増便、京成は終夜運転とか、
もっとずっと最近だと成田エクスプレスとスカイライナーとか。
2013 0209 旧新橋停車場~成田へ~②
※パンフレットより引用


この内容の展示は3月17日(日)まで。



今回は駅の外側もぐるっと見てみました。

旧新橋停車場の外にある『0哩(ゼロマイル)標識』
ここが日本初の鉄道の測量の起点となる第一杭が打たれた場所。
測量は新橋と横浜の両端から始まったようなので、
かつての横浜駅(現桜木町駅)にも同じようなものがあるんでしょうか。
2013 0209 旧新橋停車場 ~成田へ~①



こちらが復元されたプラットホーム。
2013 0209 旧新橋停車場 ~成田へ~②



竣工時の駅舎とプラットホームはこんな感じ。
2013 0209 旧新橋停車場~成田へ~④
※パンフレットより引用

旅情を搔きたてる瀟洒な佇まいですが、
当初は高くて庶民には手が出ない運賃だったそうですよ。

当時の運賃は下等で米10kgと同じ値段だったそうですが、
現在のお金に換算するといってもお米の値段も色々だから。
ちなみに今の新橋-横浜の片道料金が470円。
単純に10倍するとだいたい現在のお米10kgの値段ぐらいでしょうか。

今の感覚だと新橋-横浜の片道に4,700円は高いですが、
高くてもスカイツリーの展望台が大賑わいしているのをみると、
いつの時代も新しい物には興味がそそられるんでしょうね。



この後は銀座をブラブラしながら帰ってきました。
2013 0209 銀座歩行者天国



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コメント

非公開コメント

名古屋もそろそろ行くところがなくなってきました。
新幹線ができれば2時間ちょいで行ける関東ですが
やはりまだ遠い。

もう少し名古屋を探訪してみます。

to:片田舎動物病院 院長さん

関東から見ても北陸はちょっと遠いです。

新幹線、早くできるといいですよね。
日本アルプスにトンネルでも通せば更に近くなるでしょうけど、
なかなか難しそうですよね。
LCCが発達したらもっと気軽になるかもしれません。
お互い気軽に行き来できるようになるといいですね。

お米10kg分かぁ・・・

このご時世、「ちょっと無理すれば・・・」と、庶民でもたまにはプチ贅沢出来たりしますが、当時は庶民がちょっと無理して乗れるようなものではなかったんでしょうね。基本的な移動手段が徒歩となると、行動範囲は限られますよね。恵まれた時代に生まれたものです。義父(1945〜2009)に言わせると、義父の生きた世代が一番恵まれた世代みたいですけど。

ワンともさんのビール記事を読むたびに「そうだ,キリンシティ行こう!」と思うんですが、未だ実現せず。(^_^;)

to:Kakaさん

最初はもっと高かったようですが、利用者が少なかったので少し下げたみたいです。アクアラインの通行料みたいですね。初期の初期は一部の人だけの物だったでしょうけど、貧しかった日本が全国に鉄道網を造ったと思うと、明治期の熱気みたいなものを感じずにはいれません。前後の時代と比べると、親世代は確かに恵まれていたといえるかも。軍事的な世情不安や戦争も無いし、今のような長い不況でもないし、概ね右肩上がりでしたもんね。

そういえば最近はワンとも達もキリンシティに行ってません。やっぱり夏の暑さに負けて休憩がてら行くことが多いかも。

ワンとも

計画好きトラベラー
「ワンとも」です。
旅の相方は「ダンナ・ピット」。
我が家の旅にまつわるアレコレを、乏しい文章力をフル回転して書いています。
応援よろしくおねがいします。